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About 持田 大輔
持田 大輔 (@art.mochida.daisuke) is an Artist creator on Instagram, also filed under Art & DIY. The account has 15,993 followers and 2,659 published posts. Recent posts average 267 likes and 0 comments, an engagement rate of 1.77%.
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アマテラスの孫であるニニギが地上の統治者として高千穂に降臨したことを「天孫降臨」といいます。
しかし、アマテラスやニニギ達は降臨途中にある天八街(あまのやちまた)という、いくつにも枝分かれしている分岐点を目の前にして立ち往生してしまいました。�
この時、高天原から葦原中国までの道を照らす国津神が突如出現。一行はこの輝く異形の神を怪しみ、アマテラスはアメノウズメに国津神の名を聞き出すように命じます。�すると、その神は「我が名は国津神サルタヒコ。天孫の道案内をするために現れました。」�と申し出たので、名を明かした功績によりアメノウズメはサルタヒコと結婚し「猿女君(さるめのきみ)」と呼ばれるようになりました。�この後、サルタヒコは天孫降臨後に伊勢に渡り、狭長田(さなた)の五十鈴川のほとりに住んだと伝わります。そして阿耶訶(あざか)に赴き、海で貝に手を挟まれ溺れてしまいます。
サルタヒコは『日本書紀』では「鼻が長く大柄」という異形といえる姿についての記述があり、鼻が長い天狗の原形ともされます。�光り輝き現れたことからサルタヒコがアマテラス以前に信仰されていた太陽神だったと考えられます。その原像については男性の太陽神として伊勢の海人が信仰していた神だったという説が有力です。
�サルタヒコをお祀りしてる伊勢の猿田彦神社(三重県伊勢市)の柱や鳥居は八角形。縁起の良い「八」を取り入れた形状ですが、他の理由としてサルタヒコが「八方」を見通し守護する神であり、ニニギ一行を無事地上(高千穂)に送り届ける事が出来たからです。そのため現在も交通守護の神として警視庁にもお祀りされるようになりました。
�後に、ヤマトヒメノ(倭姫命)がアマテラスを祀る地を探していた際、サルタヒコの末裔が献上したのが現在の伊勢の地。�前述の通り、サルタヒコは伊勢の開拓神、大地主神だったのですが�争うことなく献上した姿には、なんとも日本人らしい徳の高さを感じます。�
サルタヒコの系譜は記紀には記載されておらず謎が多いですが、沖縄の南方に浮かぶ宮古島に「サダル神」と呼ばれる神様が存在し、このサダル神がサルタヒコの起源ともする説があるようで、南方からやってきた一族が信仰していた導きの神、あるいは太陽神とも言われます。�
宮古島のサダル神は太陽神では無かったようですが、「サダル神」の意味は沖縄古語によると「先立つ神」と言い、祭祀行列の先頭に立って杖を突いて導く神なので、�サルタヒコの「導きの神」としての神格は、このサダル神から受け継いだのかもしれません。�
また、サダルが音韻転訛によってサルタになったという諸説もあり、黒潮に乗って渡来した外来の神様とすると、鼻の長い異様な風体にも納得がいきますね。
【サルタヒコ荒魂】自信過剰�
謙虚さが成功の鍵です�
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自信を持つのは良い事ですが、自慢、放漫はあなたの真実を曇らせ
ます。�
その行動を裏付ける実力を身につける事が大切です。�
今はまだその時では無いかも知れません。人知れず努力する事で実力がつきます。謙虚さが成功の鍵です。
【神格】�
導きの神、交通の神、伊勢の地主神�、稲作の神、太陽神
�
�【御利益】�
交通安全、縁結び、延命長寿、厄除け、商売繁盛、殖産興業�
�
【別称】�
猿田毘古神、猿田彦大神�
�
【祀られている神社】�
椿大神社 (三重県鈴鹿市山本町)�
白髪神社 (滋賀県高島郡高島町鴨川)�
平野神社 (滋賀県大津市松本上町)�
巻堀神社 (岩手県岩手郡玉山村巻堀)�
高山稲荷神社(青森県西津軽郡車力村)�
志和稲荷神社(岩手県紫波郡紫波町)�
椋神社 (埼玉県秩父郡吉田町)�
都波岐・奈加羅神社(三重県鈴鹿市一宮町)�
二見興玉神社 (三重県度会郡二見町)�など�
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竈門神社は福岡県太宰府市に鎮座し、『延喜式』に記載のある式内社の中でも「名神大社」に列する由緒ある古社です。別称を「宝満宮(ほうまんぐう)」「竈門宮(かまどぐう)」とも呼び、鳥海山・富士山に続き全国3例目の国史跡に指定された「宝満山(ほうまんざん)」の山名は、神仏習合に伴ってご祭神を「宝満大菩薩」と称したことによるとされ、古くから神仏習合の霊地として栄えていました。
宝満山が大宰府の鬼門(東北)の位置にあることから、宝満宮竈門神社は「大宰府鎮護の神」として、古都大宰府の発展と共に崇敬され続けました。また境内は豊かな緑に囲まれ、現在は桜や紅葉の名所としても親しまれています。
竈門神社の社殿は上宮、下宮の二つがあります。
上宮 - 宝満山山頂(標高829.6メートル)。
下宮 - 宝満山山麓。
(中宮も明治以前までありました)
創建の歴史は、社伝によると38代天智天皇(てんじてんのう)の御代(668年-672年)に大宰府が現在地に遷された際、鬼門(東北)に位置する宝満山に大宰府鎮護のため八百万の神々を祀ったのが始まりとされています。
また40代天武天皇(てんむてんのう)2年(673年)、心蓮(しんれん)上人が山中で修行していると海神の姫神タマヨリヒメが現れたため、心蓮が朝廷に奏聞し山頂に上宮が建てられたといい、現在も主祭神としてタマヨリヒメは大事にお祀りされています。
下宮の礎石群の調査から創建は8世紀後半には遡るとされ、また上宮付近からは、9世紀から中世にまで至る、多くの土師器・皇朝銭等の祭祀遺物が出土していて、大宰府・遣唐使との関連もあるとみられています。
海の神オオワダツミの娘であるタマヨリヒメの「海の神」「水の神」としての神格から、御笠川・宝満川の水源の神として自然発生的にタマヨリヒメが祀られていたとも考えられています。
◆ご祭神
玉依姫命 (たまよりひめのみこと)
相殿神
神功皇后 (じんぐうこうごう) 第14代、仲哀天皇の后神
応神天皇 (おうじんてんのう) - 第15代。神功皇后皇子。
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福岡�
アメノトコタチ(天之常立神)は『古事記』において、「造化三神」の後に生まれたウマシアシカビヒコジと共に「天津神」の中でも別格の存在であり、この五柱のことを総称し「別天津神(ことあまつかみ)」と呼んでいます。
アメノミナカヌシ→タカミムスビ→カミムスビ→ウマシアシカビヒコジ→アメノトコタチと順に現れたとされますが、この神々はすぐに身を隠したとされ謎の多い神様でもあります。
『日本書紀』の第一段の一書第六では、天地が分かれた時、葦の芽のように空の中に最初に生まれた神がアメノトコタチとあり、最初の神、創生の神としての側面が記されています。
また、この別天津神と呼ばれる五柱の神々は独神(ひとりがみ)とされ、男神や女神という区別が基本的に無い神様です。
ただ、タカミムスビが男性的、カミムスビが女性的な性質を持つという説もありますので、それに続くウマシアシカビヒコジがヒコ=男性的な神様だとすると、アメノトコタチは女性的な側面を持つ神様なのかもしれません。
アメノトコタチの名前の意味は「天に常に確立させている神」「天の礎が定まったことを示す神」とされ、次に「神世七代(かみよななよ)」の筆頭として現れたクニノトコタチが「国を常に確率させている神」と読めるので、この二神で天と地という対の関係性を現していると考えられます。
別天津神が天(宇宙)の創造に関する神々だとすると、名前からするに宇宙創成や天の定立という重要な役割を担うのがアメノトコタチ。
これに対して国(大地、地球)の創造や定立という役割がクニノトコタチと言え、天があって地があるという概念が古代日本の中にもあったことが伺えます。
「別天津神」と「神世七代」の関係性も、それぞれ別々の神々ではなく、宇宙(天)に内包された、地球(国)と捉えると全てが一つに繋がるので、広大かつドラマチックな『古事記』の世界観を語る上で重要な神がアメノトコタチではないでしょうか。
【祀られる神社】
出雲大社(出雲市)
吉備津彦神社(岡山県岡山市)
駒形神社(岩手県奥州市)
金持神社(鳥取県日野郡日野町)
總社大神宮(福井県越前市)
物部神社 別天神(島根県大田市)
春日大社 境内 天神社(奈良県奈良市)
小川八幡宮 境内社(長野県上水内郡)
胸形神社(栃木県鹿沼市)
などに祀られている。
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アマテラスは高天の原の太陽神であり、皇祖神、そして伊勢神宮内宮のご祭神でもあります。
日本において神様とは、恵みを与える「和魂(にぎみたま)」と、災いをもたらす「荒魂(あらにたま)」この相反する二面性が混在します。その他にも奇魂(くしみたま)、幸魂(さちみたま)と一柱の神様に四つの側面があると考えられてきました。これを一霊四魂(いちれいしこん)と呼び、「和魂」と「荒魂」は相対的にとらえられ、「和魂」は「幸魂」「奇魂」の総称と解されます。
『魏志倭人伝』にある邪馬台国の女王卑弥呼(ひみこ)もまた霊力が強い女王や日を崇拝する巫女の意を持つ「日巫女(ひみこ)」だったとされ、アマテラスの原型が、この卑弥呼を代表とするシャーマニズムから来ているとも、アマテラス=卑弥呼が同一の存在とも云われています。
それらを裏付けるようにアマテラスの別名「大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ)」は太陽に仕える尊い巫女を神格化した名前、あるいは太陽そのものの神格化と読めます。
多くの恵みを与えてくれる太陽も無論良い面ばかりではなく、紫外線は浴びすぎると皮膚がんになる恐れもありますし、大気の無い宇宙空間において直接太陽光線を浴びる事は生命にとっては大変危険なことです。
地球に降り注ぐ太陽のエネルギーは1秒あたり約42兆キロカロリー。これは全世界で1秒間に使われているエネルギー(石油や電気)の20,000倍以上という途方も無い数値で、この膨大な太陽光エネルギーを100%変換出来たとすると、地球上の年間エネルギー消費量をわずか45分でまかなうことが出来る計算になります。
この様に太陽が、地球の自然界全てを補って余り有るほどのエネルギーを持った有難い存在であるということは、逆に自然界に様々な災いが起きた時、アマテラスの荒魂だと捉えることが出来ます。
天皇家は代々この尊く偉大な太陽神アマテラスを祀り、国民の繁栄と世界平和を祈願してこられました。
『日本書紀』によると、アマテラスが、高天原(天界)から葦原中国(地上)へ降り立つニニギノミコトに命じた三大神勅があります。
その一つが「宝鏡奉斎の神勅(ほうきょうほうさいのしんちょく)」
アマテラスは鏡を渡し「この鏡を私だと思って祀りなさい。そして自分を映し、自省しなさい。
もし、私欲により民を苦しめるような『我』が映ったならば、その『我』を取り除きなさい。」そう伝えました。
こうして、アマテラスの御魂代の神鏡を祀り感謝を届け、新たな決意を行い、最後に祈願する。
これが神社奉斎の始まりと言えます。正しい参拝とは、最初に「感謝」し、そして「決意」し、最後に「祈願」となり、
このアマテラスの神勅の通りに天皇陛下は、皇居の宮中三殿にて年間20回以上の祭祀を執り行い、国民の繁栄と世界平和を祈っています。
何事もなく平和に過ごせることへの感謝と、この国の君主である自覚のもとに、民の繁栄を祈願しています。
【アマテラス 奇魂(くしみたま)】叡智(えいち)
『見通す力・優れた知恵』
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あなたには物事の本質が見えています。
今その力を人の為に使って下さい。あなたが現れる事を待っている人がいます。
失って初めてあなたの存在の大きさに気付き、救いを求めています。
許すことで再び陽を照らす事になるでしょう。
【神格】
✔︎太陽神 ✔︎高天原の主神 ✔︎皇祖神 ✔︎日本の総氏神
【御利益】
・国土安泰(こくどあんたい)・福徳・開運・勝運
【別称】
天照大神、天照大御神、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、お伊勢様、神明様、大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ、大日女尊(おおひるめのみこと)、大日霊(おおひるめ)、大日女(おおひめ)、皇大御神(すめおおみかみ)、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)
【系譜】
イザナギの子
【祀られている神社】
皇大神宮 (内宮) (三重県伊勢市宇治館町)
皇大神宮別宮 瀧原宮 (三重県度会郡大紀町)
天岩戸神社 (宮崎県高千穂町)
籠神社(京都府宮津市)
伊雑宮 (三重県志摩市)
芝大神宮 (東京都港区芝大門)
伊野天照皇大神宮(福岡県糟屋郡久山町)
四柱神社 (長野県松本市大手)
神明神社 (岐阜県加茂郡八百津町)
高浜神社 (大阪府吹田市高浜町)
西宮神社 (兵庫県西宮市社家町)
新田神社 (鹿児島県薩摩川内市宮内町)
榎原(よわら)神社 (宮崎県日南市南郷町)
沖宮 (沖縄県那覇市)
普天満宮 (沖縄県宜野湾市普天間)
✔︎その他、各地の皇大神社 ✔︎神明社と呼ばれる神社
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福岡県久留米市に鎮座している「水天宮」は、全国の水天宮の総本宮で、天地開闢の神様アメノミナカヌシ(天之御中主神)をお祀りしているお宮です。
アメノミナカヌシ以外には幼くして亡くなったとされる81代安徳天皇(あんとくてんのう)、高倉平中宮(たかくらたいらのちゅうぐう/安徳天皇の母)、二位の尼(にいのあま/平時子/たいらのときこ)が合祀されていて、源平合戦の時代における天皇家や平氏にゆかりの深い地です。
安徳天皇の母である高倉平中宮に使えていた女官、按察使局伊勢(あぜちのつぼねいせ)は寿永4年(1185年)、3月24日壇ノ浦の戦いの後、千歳川(現在の筑後川)の辺り鷺野ヶ原(さぎのがはら)に命からがら逃れて来て、建久初年(1190年)安徳天皇と平家一門の霊を祀る祠を祀り、これが水天宮の創始といわれます。
その後、伊勢は剃髪して名を千代(千代女)と改め、石上神宮(奈良県天理市)祠官の娘であったのもあり周辺の民に請われ祈祷などを行うと、尊崇する者達が日増しに多くなり、尼御前と称えられたので、そのころ水天宮は尼御前神社と呼ばれていました。
千代女逝去の後、人々はその墓を営み松を植えて千代松明神とあがめ奉りました。
千代は、中納言 平知盛(たいらのとももり)の孫、平右忠(たいらのすけただ)を養い後嗣とし、現在に至るまで子孫である眞木家が代々宮司職を務めています。
第22代宮司である眞木和泉守保臣(まきいずみのかみやすおみ)は幕末の激しい動乱期に勤王派の旗頭として、王政復古に一生を捧げた明治維新の先覚者でした。
水と子供を守護し、水難除け、漁業、海運、農業、水商売、また安産、子授け、子育てについて信仰が厚いお宮で、戌の日は犬のお産が軽い事から、安産祈願の参拝者で賑わいます。
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アヂスキタカヒコネ(阿遅鉏高日子根神)は、出雲大社(島根県出雲市)のご祭神オオクニヌシと宗像大社(福岡県宗像市)のご祭神である宗像三女神タキリヒメとの間に産まれた御子神とされます。『古事記』では別名にカモノオオミカミ(迦毛大御神)とあり、鴨氏(加茂氏/賀茂氏)の祖神とされる神様です。
アヂスキタカヒコネの神名の「スキ(シキ)」は鋤のことで、鋤を神格化した農耕神であるといわれ、現在も農業の神としてはもちろんのこと、雷神、不動産業の神として信仰されていて、全国各地の加茂神社(鴨神社)の総本社といわれる高鴨神社(奈良県御所市)、阿遅速雄神社(大阪府大阪市鶴見区)、都々古別神社(福島県東白川郡棚倉町)などにお祀りされています。
この神は大和国葛城の賀茂社の鴨氏が祀っていた大和の神ですが、鴨氏は出雲から大和に移住したとする説もあり、『古事記』の伝承にオオクニヌシの御子と記載があるように出雲に縁の深い神様であろうと推測できます。
アヂスキタカヒコネは葦原中国平定の段に登場し、同母の妹にシタテルヒメ(下照比売命/高比売命)がいるとあり、妹はアメノワカヒコと結婚していますが、8年も連絡をせずに高天原の神々の命令に背いたために、胸に矢を受けてアメノワカヒコは死んでしまいます。
盟友であったアメノワカヒコの葬儀に訪れたアヂスキタカヒコネでしたが、アヂスキタカヒコネはアメノワカヒコと外見がそっくりであったため、アメノワカヒコの父のアマツクニタマが「アメノワカヒコが生きていた」と勘違いして喜んで抱きつきました。
アヂスキタカヒコネは「穢わしい死人と一緒にするな」と怒り、剣を抜いて喪屋を切り倒し、蹴り飛ばしてしまいました。この時に使用した剣は神度剣(かむどのつるぎ)や大量(おおはかり)と呼ばれています。
なお『古事記』で最初から「大御神(おおみかみ)」と呼ばれているのは、天照大御神と迦毛大御神(アヂスキタカヒコネ)だけであり、かなり位の高い神様であろうことが神名でもわかります。
アヂスキタカヒコネとアメノワカヒコとそっくりであったとの記述から、元々アメノワカヒコと同一の神で、穀物が秋に枯れて春に再生する、または太陽が冬に力が弱まり春に復活する様子を表しているともいわれています。
【別名】
阿遅志貴高日子根神、阿治志貴高日子根神、阿遅須枳高日子、阿遅鋤高日子根神、味耜高彦根命、迦毛大御神、阿遅鉏速雄命 等
【神格】農業神、蛇神、雷神
【系譜】
父:大国主神
母:多紀理毘売命
配偶者:天御梶日女命
妹:下照比売命(高比売命)
子:多伎都比古命、塩冶毘古命、天八現津彦命、阿遅鉏速雄命
【お祀つりする神社】
高鴨神社(奈良県御所市)
阿遅速雄神社 (大阪府大阪市鶴見区)
都々古別神社(福島県東白川郡棚倉町)
阿須伎神社(島根県出雲市大社町)
土佐神社(高知県高知市一宮)
依名古神社(三重県伊賀市)
三澤神社(島根県仁多郡奥出雲町)
鴨神社(岡山県玉野市長尾)
など
関連氏族:三輪氏、賀茂氏、都佐国造、長国造、波多国造、意岐国造(億岐氏)
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#神社好きとつながりたい #古事記 #日本書紀 #神社参拝 #神社
ニニギは父方の祖母はアマテラス、母方の祖神がタカミムスビであり、父神アメノオシホミミと母神ヨロヅハタトヨアキツシヒメとの間に生まれました。ニニギは神勅を受け高天原(天界)から高千穂(地上)へ降り立った神様で、このことを「天孫降臨」といい、現在の高千穂町や高千穂峰など降臨の伝承地が九州にいくつかあります。『日本書紀』において、アマテラスは天皇家の使命であり、日本建国の理念とされる「三大神勅」をニニギに託しています。
その中の「宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅」では、三種の神器の一つである八咫鏡(やたかがみ)を渡し、「この鏡を私の御魂として祀りなさい。鏡で己を映し出した時に、私利私欲で民を苦しめていないかを自省しなさい」と詔しました。
神を己の心に映し、君主としての努めを示したのです。神勅を守ることが国家君主、天皇の使命であり、126代に渡り未だに神勅が守り続けられているのが日本です。
これが、民衆が主役の慈愛で満ちた国づくりの根源でした。
このような神話、王権神授説のようなものは世界中の王家にもあったはず。しかし、我が日本は「皇室が絶えず続いている」極めて稀な国なので、その神話から続く歴史の長さに外国人が驚くのも無理はありません。
ニニギは高千穂降臨後、オオヤマヅミの娘であるコノハナサクヤヒメに一目惚れして妻にします。天孫の申し出に喜んだオオヤマヅミは、姉のイワナガヒメも一緒に嫁がせました。しかし姉のイワナガヒメの姿が岩のようだったので、それを見たニニギは畏れ、姉だけをオオヤマヅミのもとへ送り返してしまったのです。イワナガヒメを送り返された父は、とても残念がりました。
「コノハナサクヤビメを娶ると、あなた方天孫の一族は、桜の花が咲き誇るように栄えるだろう。イワナガヒメを娶ると、あなた方一族の命は、たとえ雪が降り、風が吹いても常に岩のように動じない、永遠のものとなったであろう。イワナガヒメを返されては、あなたの一族の命は桜の花のように儚いものとなる。」
こうして、今に至るまでニニギの子孫である天皇家や人々は、神の子であるにも関わらず、その命は限りあるものになってしまいました。君が代の「細石の巌となりて」とは、子々孫々、岩のように永く続くという意味です。
しかし、ニニギはイワナガヒメを添えたオオヤマヅミの意図を分かっていたはず。
ニニギがイワナガヒメを見た時に、その醜さに恐れたのでもなく、そして永遠の命を得ることを怖れたのではなく、『古事記』には「見畏み(みかしこみ)」と書かれています。これは自分の事を省みて、自制したと読めます。
高千穂に降臨した時に「ここは、いたく素晴らしい国だ」とニニギは言っていますが、その地を治め、美しき愛するコノハナサクヤヒメを娶り、これ以上、永遠の命は必要ではないと自制したのではないでしょうか。永遠の命を貰うのではなく、「足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り」これをまさに実行したところに、ニニギの建国の想いが感じられます。
【ニニギ荒魂】恩師の言葉
試行錯誤する時です
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物事が停滞しているように感じているかもしれません。
今は、季節で言うと冬です。数多くの種まきが必要です。
自分が尊敬する人や、感謝してきた人の言葉を思い出し、振り返りましょう。
頭を垂れる稲穂の様に謙虚さで乗り越え、物事の中心に目を向ける時期です。
【神格】
農業神、稲穂の神
【御利益】
五穀豊穣、畜産、国家安泰、家内安全、厄除け、富貴栄達
【別称】
瓊杵尊(ニニギノミコト)、天饌石国饌石天津日高日子火瓊瓊杵命(アメノニギシクニニギシアマツヒコヒコホノニニギノミコト)、天津日高日子番能邇邇芸命(アマツヒコヒコホノニニギノミコト)、彦火瓊瓊杵命(ヒコホノニニギノミコト)
【系譜】
アマテラスの孫、アメノオシホミミの子、タカミムスビの孫
【祀られている神社】
霧島神宮 (鹿児島県霧島市)
高千穂神社 (宮崎県西臼杵郡高千穂町)
新田神社 (鹿児島県薩摩川内市)
日向大神宮外宮 (京都府京都市山科区)
射水神社 (富山県高岡市)
築土神社 (東京都千代田区九段北)
常陸國總社宮 (茨城県石岡市総社)
富士山本宮浅間神社 (静岡県富士宮市宮町)
荒穂神社 (福岡県嘉麻市)
神在神社(福岡県糸島市)
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#神社好きとつながりたい #古事記 #日本書紀 #神社参拝 #神社
福岡市東区に鎮座する名島神社は神功皇后伝説にゆかりのある神社です。
神功皇后の三韓御遠征の折、香椎の西にある黒津の岬より、諸軍各々に郷名姓名を名乗らせながら乗船させたことから、その場所が「名嶋」と名付けられたと伝えられ、この地より宗像三女神を拝し、海路の平穏を祈られました。
航海守護神である宗像の神々の加護を受け、瞬く間に三韓を平定した神功皇后は、凱旋し再びこの地に上陸し、宗像三女神を勧請して御奉斎された事が名島神社の起源と伝えられています。
中世には七福神の信仰が盛んになり、三女神の市杵島姫命が弁財天と同一視された事から、名島神社は「名島弁財天社」と称され、足利尊氏(あしかがたかうじ)や豊臣秀吉(とよとみひでよし)などの時の権力者の参詣も受けて来ました。
そして明治時代の神仏分離を経て、弁財天は宗栄寺へと移され、宗像三女神をお祀りする名島神社として現在に至ります。
弁財天信仰の流れを受けて、己巳の日に「己巳祭」を執り行っており、家内安全の守護として「ことなし柴」を頒布しています。ことなし柴の由来は、神功皇后が三韓征伐の砌、柴を御手折られ海上の無事を祈られた由来に倣って身の安全の祈願をするものです。
◆ご祭神
宗像三女神
摂末社(名島神社境内にお祀りされている神社)
大黒天社祭神 大国主命
恵比須社祭神 大名持命
豊受宮祭神 保食大神
妙見社祭神 天御中主神
名島豊川稲荷神社祭神 宇加御魂大神
古宮
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カモノタケツヌミノミコト(賀茂建角身命)は、山城の賀茂氏(賀茂県主)や葛城国造の祖神であり、賀茂御祖神社(下鴨神社/京都市左京区下鴨)の祭神として知られる神です。
カモノタケツヌミノミコトは、オオクニヌシと宗像三女神のタギリヒメとの間に生まれたアヂスキタカヒコネと同一視されることがあります。
『新撰姓氏録』によれば、カモノタケツヌミノミコトは造化三神のカミムスビの孫であり、神武東征の際、八咫烏に化身して神武天皇の皇軍を先導したとされます。また『日本書紀』において、ナガスネヒコに苦戦していた神武天皇一行を助けた金鵄もカモノタケツヌミノミコトの別名とされ、多くの神との関係性を示唆している謎の多い神と言えます。
カモノタケツヌミノミコトの息子のタマヨリヒコは賀茂県主の祖で、娘のタマヨリヒメ(同じく賀茂御祖神社の祭神)は丹塗矢に化身した火雷命(ほのいかづちのみこと)を床の近くに置いていたところ、カモノワケイカヅチノミコト(可茂別雷命/上賀茂神社の祭神)を懐妊し出産したとされる神婚逸話があります。
『山城国風土記』逸文には、カモノワケイカヅチノミコトについて次のような記述があります。
カモノタケツヌミノミコトの娘のタマヨリヒメが石川の瀬見の小川(賀茂川)で遊んでいたところ、川上から丹塗矢が流れてきました。怪しくも神々しい矢であったので持ち帰って寝床の近くに置いたところ、一晩のうちにタマヨリヒメは懐妊し男子が生まれました。これがカモノワケイカヅチノミコトであり。カモノワケイカヅチノミコトが成人し、その祝宴の席で祖父のカモノタケツヌミノミコトが「汝の父と思はむ人に此の酒を飮ましめよ(お前のお父さんにもこの酒をあげなさい)」と言ったところ、カモノワケイカヅチノミコトは屋根を突き抜け天に昇っていったので、この子の父が神であることが判明し、丹塗矢の正体はホノイカヅチ(火雷神)であったとされます。
カモノワケイカヅチノミコトの出生についての話との類似性を指摘されるのが『古事記』のオオモノヌシとヒメタタライスケヨリヒメとの話です。
このためヒメタタライスケヨリヒメの父ミシマノミソグイ(三嶋溝抗命)とカモノタケツヌミノミコトが同一視される場合もあるようです。
『秦氏本系帳』との類似性をもって「カモノワケイカヅチノミコトの父は松尾大社のオオヤマクイである」とする話もあります。
『山城国風土記』(逸文)によれば、日向の曽の峯に天降り、神武天皇を先導し、大和の葛木山に宿った後、そこから遷って山代国の岡田の賀茂(岡田鴨神社がある)に至り、山代河(木津川)を下り、葛野河(桂川)と賀茂河(鴨川)が合流する地点に至り、賀茂川を上り、久我国の北山のもとに鎮まったとされます。
【別名】
八咫烏
八咫烏鴨武角身命(やたからすかもたけつのみのみこと)
【系譜】
カミムスビの孫
息子--タマヨリヒコ
娘--タマヨリヒメ
【祀る神社】
下鴨神社(京都市左京区下鴨)
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コトシロヌシ(事代主)は出雲のオオクニヌシとカムヤタテヒメとの間に生まれた御子神。高天原の神タケミカヅチが「国譲り」を迫った時に、出雲代表として父から指名を受けて最初に交渉し、「国譲り」を快諾した神です。
「恵比寿信仰」とも結びついて「恵比寿様」、「戎さん」とも呼ばれ、「恵比寿と大黒」は七福神として知られますが親子であり、父親であるオオクニヌシ(大国主)の「大国」と「大黒」の読みが同じなため同一視されました。
オオクニヌシは息子であるコトシロヌシを大変信頼していたので、国譲りの際に真っ先にオオクニヌシから大事を託されます。
本来オオクニヌシは慈愛に満ちた国造りを行いたかったのですが、乱暴な八十神たちから仕掛けられた戦いに打ち勝ち国土を広げたものの、戦いによって作った国は、戦いによって多くのものが傷つき、やがて戦いにより国は失われることをオオクニヌシ自身も知っていたのです。
その時、アマテラスから「これからは慈愛に満ちた国づくりを行うから国を譲りなさい。」と提案されますが、国を簡単に譲っては血と汗を流した者たちの心情は計り知れません。
そこで全てを理解し、その責務を全う出来るコトシロヌシに判断を委ねたのです。コトシロヌシは父の心情を理解し、自分が決断することで国も民も守れると覚悟をしたのでしょう。「この国は天つ神の御子に奉ります」とタケミカヅチに国譲りの了承を申し出たのです。
コトシロヌシは自分が責任を負う事で、全てが治るのであればそれで良しとしたのでした。
父のやる事を陰で支え、トップの判断が影響を及ぼすような時は自らが背負う。
功績は父親のものになりますが、それは自分のやるべき事、やらなければならない事だと思い、ただひたすら国の為にと人格と徳を高めていたからこそ出来た事。
この決断によって人々は、コトシロヌシに敬意と親しみを込めて恵比寿様として大切に祀り、宮中八神にも列する貴い神様となっています。宮中においても古来から天皇守護の一柱として、皇居の中にある宮中三殿の神殿にコトシロヌシはお祀りされ、この神殿にお祀りされているコトシロヌシは、一般的な出雲系の神格ではなく、言葉を司る神として祀られているともいわれ、新嘗祭の前日の鎮魂祭にてお祀りを受けます。
国譲りの後にコトシロヌシは国譲りの責任を背負い、出雲を離れ伊豆の地で新たな国造りを行ったとも伝わります。
また、コトシロヌシの娘イスズヒメ(五十鈴姫)はアマテラスの子孫である初代神武天皇と結ばれますが、このことは天神地祇の和合によって日本建国がなったとも解釈できます。
そして2代綏靖天皇にもイスズヒメの妹イスズヨリヒメが嫁いだと『日本書紀』には記載されています。
その意味ではコトシロヌシと娘姉妹は、まさに天地和合の神様。
コトシロヌシは自らは決して目立つ事をせず、我を捨てて周りの為、国の為、世の為に尽力する姿を示し続けてきた神様と言えるでしょう。
神名の「コト」は、神の言葉の『言』で、「シロ」は『代理』を意味します。つまり、コトシロヌシは神託を代理することを意味し、託宣神と考えられています。
神功皇后伝説では、皇后に神懸りし、新羅遠征の神託を下したり、壬申の乱のときには大海人皇子(天武天皇)軍の長官に神懸りして託宣したという伝承もあります。
また「鴨氏」と関係が深い神でもあり、祖神として信仰されています。
また、コトシロヌシ命は「事を知る」という意味にも解釈され、古代における託宣を発する呪術の専門家として、霊能を発揮した神主や巫女に対する称号のようなものとも考えられます。
【神格】
海の神、商業の神、託宣神
【コトシロヌシ荒魂】人の意見を聞く
周りの意見に耳を傾けましょう
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今は重要な判断は避けましょう。自己中心的、利己的になっていませんか?
自我や先入観を捨て、相手を尊重し耳を傾ける事が大切です。
重要な判断をする時は、周りの意見を取り入れて決断する事でより良い結果に繋がるでしょう。
【御利益】
商売繁盛、開運、厄除け、福徳円満、病気平癒
【別称】
事代主神(コトシロヌシノカミ)、八重事代主神(ツミハヤエコトシロヌシノカイ)、恵比寿大神
【系譜】
オオクニヌシとカムヤタテヒメの子
【祀られている神社】
美保神社(島根県松江市)
長田神社(兵庫県神戸市)
事代主神社(徳島県阿波市)
三嶋大社(静岡県三島市)
今宮戎神社(大阪市浪速区)
三嶋神社(新潟県長岡市)
富賀神社(東京都三宅村)
十三社神社(東京都新島村)
十日恵比須神社(福岡市博多区)
他、全国の神社
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